「今帰った」
辺りが既に暗くなり出した頃、私は霧島家に到着した。
「おっ帰り〜大佐ぁ〜。たった今夕食の準備が終わった所だよぉ〜」
霧島家に着くと、軽快なステップで佳乃嬢が出迎えてくれた。美凪嬢に案内された場所は霧島家から徒歩十分位の場所であり、何とか夕食が始まる時間までに戻ることが出来た。
「あ〜、気持ちのいいオフロだった〜。さぁ〜て、ご飯ね」
「ぶふぅっ……!」
風呂場の方から声が聞こえてくると思い、その方向に視線を向けたら、上半身裸で短いスカートを履きながらタオルで頭を拭いている真琴嬢の姿があった。家の中で何と破廉恥なと思いながら、思わずその身体に目を向けてしまう。
B〜Cカップの多少小振りながらも引き締まり弾力性のありそうなバスト、引き締まったウエスト、スカートの上からでも形の分かる膨らみに富んだヒップ、細々としながらも無駄のない腕と脚……。
全体的にふくよかで無駄のない美しいボディラインは、美と愛の女神アフロデーティというよりは、戦争と平和のの女神アテナという感じであろうか。そのアテナのような美しさに、私の鼻栓は緩み、鉄砲水のように血流が流れ出した。
「わぁ〜ダメだよぉ〜真琴ちゃ〜ん。大佐のいる前でそんな格好で歩いちゃ〜」
真琴のあまりの節操のない格好に同じ女性として恥ずかしさを感じたのか、佳乃嬢はあたふたと慌てふためいた。
「確かにあの状態じゃ出血多量で死にそうね〜。オフロから上がったばっかりであんまり服着たくないけど、仕方ないわね」
そう言いながら真琴嬢は寝室の方へ歩いて行った。風呂から上がったばかりで服を着たくないというのはこの梅雨の湿気だ、分からないことではない。しかし常識から判断して年端の女性が上半身裸で歩くなど、あまり道徳的ではないだろう。
「まったく、何処をどう育てればああなるのやら」
半ば愚痴という感じの声を上げながら、私は台所の椅子に座った。まったくもって真琴嬢の親の顔が見てみたいものである。
「フフ、私自身は結構面白い娘だと思っているがな。大勢の中にいれば確かに非常識だが、裏を返せばそれだけ個性的だということにもなる」
「そんなものかね」
目の前に広げられた夕食を口に運びながら私は女史と軽い会話を交わした。確かに真琴嬢は個性的といえば個性的かもしれないが、他人に白い目で見られるような個性など、異端以外の何物でもないだろう。
(もっとも、それは自身にも言えることであるな……)
この霧島家に半ば居候する身になってから薄々感じていたが、自分という人間が如何に時代というものに乗り遅れていたかを痛感した。携帯電話の普及や第二、第四土曜日が休みになる制度など、あまりにも自分が世の中を知らないことを肌で感じた。
(しかし、それはそれで構わぬか。私の旅の目的そのものが、時代の流れに取り残されているようなものなのだからな……)
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第八話「星々の大海」
「う〜ん、オフロ上がってすぐ服着ちゃったから、やっぱりまだ体が暑いわね〜。少し外で涼んで来るわ」
夕食後、涼みに真琴嬢が外に出た。私も気晴らしに星でも見ようと思い、真琴嬢に続くように外へと繰り出した。
「はぁ〜、涼しい涼しい。と、貴方も涼みに来たの?」
「それもあるが、少し星でも見ようと思ってな」
七月上旬の夜の風は多少の湿気は感じるものの、まだ心地良さを感じるものであった。そして外は、久し振りに雲のない全天が星の海になっている夜空であった。
「星ねぇ。ねえ往人さん、ここから歩いて2時間位の所に星がよく見える展望台があるけど、良かったらそこ行ってみる?」
「徒歩2時間か。歩いて行くには多少きつい距離であるな」
しかし、金がない時は2時間くらい歩くことなどざらであり、歩けない距離ではない。夜風に辺りながら星々の大海を歩くのも悪くはないと思い、とりあえず遠出の許可を女史に得るべく、一度家の中へと戻った。
「高清水展望台へ行くのぉ〜。だったら私も行く〜」
どうやらこれから向う場所は高清水展望台という所らしく、女史に許可を取っている最中、佳乃嬢も行きたいと言い出して来た。
「佳乃、もう8時を回る時間だぞ。明日は日曜とはいえ、帰って来るのは0時を過ぎるぞ」
「う〜ん、そうだけど……」
夜遊びしようとする子供を止める母親の様な口調の女史の態度に、佳乃嬢は難色を示した。
「まあ、どうしても行くというのなら私が送って行くが」
「ホント? ありがとうお姉ちゃん」
そうにこやかに喜ぶ佳乃嬢の姿を見て私は思った。結局の所、女史は佳乃嬢を心配しながらもその意思を尊重しようとしているのだと。そういう女史の姿を見ていると、確かに女史は姉なのだと頷ける。
「そういう訳だ。これから私が君等を含めて車で送って行くが、異論はないかね?」
「私は別に構わんよ」
「わたしも構わないわよ」
目的が同じならば敢えて別々に移動しなくてもいいと思い、私は女史の意向に従った。どうやら真琴嬢も同じ意見らしく、私を含めた四人は一路女史の車で高清水展望台へと赴いた。
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「聖闘士〜聖矢〜♪ 目指〜す希〜望のい〜ろは〜♪ 気〜高いほどう〜つくしい〜♪」
「何だ、その歌は?」
高清水展望台へ向う道程、佳乃嬢が口ずさんでいる歌が気になり、何の歌か訊ねてみた。
「聖闘士聖矢の後期OPだよぉ〜」
「聖闘士聖矢……。名前は聞いたことがあるな。どういった話かはよく分からぬが」
昔少しだけ立ち読みしたことはあったが、西欧風の変わった形の鎧を身に纏っている男達が拳を交えているといったイメージしかない。
「十年程前、『少年ジャンプ』っていう週刊誌に連載されていた漫画よ。ストーリーは星座の名を関した聖闘衣っていう鎧を身に着けた聖闘士と呼ばれる人達が活躍する話よ。もっとも、わたし自身初めて読んだのは一年程前で、アニメ版は見たことがないけどね」
「成程。つまりは星に関するアニメの歌だから、星を見に行く気分に合わせて歌っていたということか」
真琴嬢が横から説明をし、私は納得した形で佳乃嬢に話題を振った。
「うん。そんな感じだよぉ〜」
「ちなみに主役は全部で5人いるんだけど、それぞれペガスス座、はくちょう座、りゅう座、アンドロメダ座、ほうおう座をモチーフにした聖闘衣を身に纏っているわ」
「成程な。そういえば言い忘れていたことがあったな……」
そう一時言葉を飲み込み、私は再び語り出した。
「実は明日にはこの遠野を旅立とうと思っている」
「ええ〜! 大佐、もう行っちゃうの〜」
私の突然の申し出に、佳乃嬢は残念そうな声を上げた。この如何にも私にもう少しいて欲しいという態度は、私と過ごした数日は佳乃嬢にとってそれなりに充実していたものだったのだろう。
そう考えると、この遠野で過ごした数日間は決して無駄ではなかったのだと、一つの心の安らぎを覚える。
「その様子だと、新たな地へ赴く資金が貯まったという感じだな」
「ああ。もっとも、女史等の手助けがなかったなら、こうまで稼ぐことは叶わなかったがな」
思えば女史から課題を与えられたり、プラモデルを借りたりしなければ、こんなに早く旅の資金が貯まることはあり得なかったであろう。女史には余りある恩を感じるばかりである。
(いや、一番の貢献者は真琴嬢か……)
車中から私の方を見ず、外の景色に眼をやっている真琴嬢を私は見つめた。彼女は私にこう言った、「貴方の法術は本来生命活動を起こさないものに生命活動に近い原子の衝動を与える力よ。そう、まるで自ら光り生命体に生きる力を与える太陽のように……」と。
その言葉の意味が何を表わしているのかは今でもよく分からない。しかし、私とは違った”力”を持っている彼女との接触が、私の法術の更なる高みへの道しるべになったのは間違いない。そして何より特殊な力を持っているという”異端者”が自分一人だけではないという事実は、私の孤高と孤独が入り混じった精神に新緑の広がる大地を草枕にするような心地良さを与えてくれた。彼女との邂逅がなければ、私はずっと人と接する温かみを知らぬまま、果てしなき夢を追い続ける日々が永遠に続いていたことであろう。
(フッ、しかし色々と考えるとなかなか足が進まぬものだな……)
この遠野には私の求めていたものは見つからなかった。しかし、求めていなかったもの、いや心の奥底では求めていたであろうものが手に入ったのは大きかった。それを考えるともう少しこの地に留まりたいと思ってしまう。
だが、私の旅の使命は千年も前から語り継がれてきたもの。旅の使命、遥か遠き日の約束を忘れ去ることは許されない。旅の目的を果たすまでは一つの地に留まることが許されないのは、私の定めなのだと。
(では楽しむとするか。この地での最後の夜を……)
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霧島家を出立してから20分は経過しただろうか。車はようやく目的地へと着いた。おもむろに車を降りると、車中の人工的に作り出された空調の風とは違う、多少生温かくとも空調とはまた違った心地良い自然の風が私を覆った。
「綺麗な夜空だな……」
展望台からは遠野の街が一望出来た。大地に広がる人工的な電飾の明りと大気に広がる星々の無限の煌きが、山を隔てた同じ空間に輝いている。梅雨の合間を見計らいひょっこり姿を表した鈴虫が絶え間なくコーラスを奏で、光と音の混声合唱を演じていた。
「さてと、まずは北斗七星を探すとするか……」
輝く星々の中で一番探し易いであろう北斗七星を見つけるべく、私は夜空に向い目を放った。しかし不思議なことにそれらしきものはなかなか目に止まらなかった。
「言っておくが、遠野の街はこの展望台からは南に位置し、街の方角を見ていても北斗七星は見つからないぞ」
「むっ、そうであったか」
数日しか過ごしていない街故に方角を上手く見定めることが出来ず、女史の指摘がなければ、徒に南の空に目をやり続けていた所だろう。
気を取り直し、私は北の方角に目を向けた。そして暫く空を探索していると、北西の空に柄杓をかたどったような北斗七星を確認することが出来た。
「ねえ、往人さん。北斗七星の柄の部分に当たる星の脇に輝く星が見える?」
「柄の部分? 一番先から何番目の星だ」
「二番目の星よ」
真琴嬢から言われた星を私は凝視した。自慢ではないがテレビなど殆ど見ない私は、それなりに視力には自信がある。
「むぅ。よくよく見ると確かに星が重なっているように見えるな」
「そう、貴方にはあの星が見えるのね……」
「あの星が見えるとどうかするのか?」
私が見た星は所謂二重星であろうが、それが見えることに何か意味があるのだろうか。
「貴方が見た星は死兆星……。往人さん、どうやら貴方はわたしと戦う運命にあったようね……」
「はっ……?」
「星の白金、世界!!」
真琴嬢の殺気めいたものを感じ、私は咄嗟に振り返った。刹那、真琴嬢が私に飛び掛かって来た。しかし飛び上がったことにより只でさえ短いスカートが当然の如く舞い、私の視線は否応なくスカートの奥に集中する。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ〜〜!!」
「ぬおっ!」
暗闇の中よく見える筈もないと理解しながらもスカートの中に魅入ってしまう己の性。その悲しい男の性により私は瞬間的に無防備となり、真琴嬢の攻撃をまともに喰らってしまった。
「そして時は動き出す……」
「くっ、何の理由があって殴り付ける……」
「理由なんてないわよ。ただやって見たかっただけよ」
「ちいっ……」
しかし短絡的な理由で殴り付けられたものの、悪い気はしなかった。何といえば言いのだろう、そういう子供のように無邪気な真琴嬢の行動は、人間の根底の温かさを教えてくれるというか、そんな感じがしてならなかった。
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「ぱちぱちぱちぱち……」
「ん……?」
「お見事です……。死兆星ネタに星に関係する幽波紋を混ぜ合わせ、更には殿方ならば誰でも一瞬まるで刻を止められたかのように魅入ってしまう技を使い、世界まで再現しますとは……。流石はあの方の妹だけのことはありますね」
暗闇の中から手を叩く音が聞えて来た。徐々に近付いてくる姿を見ると、それは美凪嬢であった。
「キャ〜。美凪姉様久し振り〜〜」
すると間を空けずに真琴嬢が美凪嬢に抱き付いたのだった。
「よしよし……。元気そうね真琴ちゃん」
屈託のない笑顔で抱き付く真琴嬢の頭を、妹をあやす姉の様に優しく撫でる美凪嬢。その姿は、本当に二人が姉妹であるかの様だった。
「時に美凪嬢、こんな所で何をしておるのだ?」
「天体観察です。この時期に晴れる日は珍しいですから……、やれる時に今月の観察記録を付けておかなくてはなりませんので」
「観察記録。ああ、天文部の活動か」
「ええ……」
美凪嬢が遠野のどの辺りに住んでいるかは知らぬが、こういった晴れ渡った日に天体観測するのなら、星がよく見える場所で観察記録を取るのは理解出来る。
「ヤッホ〜、遠野先輩〜」
「久し振りだな、遠野君」
「あらあら、誰かと思いましたならば……、聖さんと佳乃ちゃん」
夜空に魅入っていた霧島姉妹が美凪嬢の姿に気付き、近付いて来た。
「先輩? 佳乃嬢の方が年下なのか?」
「うん。遠野先輩の一つ下で中学校までは同じ学校だったんだよぉ〜。でも先輩があたしの学校の推薦蹴って違う高校行っちゃったから、今は違う学校なんだよ」
「推薦を蹴った? 何故に?」
今までの美凪嬢の言動を見る限り、推薦で学校に入れる位の学力は持ち合わせているように思える。そんな美凪嬢が推薦を蹴るという行為は、色々と好奇心を掻き立てられる。
「こらこら、人のプライバシーはそう易々と詮索するものではないぞ鬼柳君。しかし”美凪姉様”か……。どうやら”あの高校”での生活は上手くいっているようだな」
「ええ……。”あの地”は私が唯一”美凪”であることが許される場所ですから……」
美凪嬢と女史の会話は色々と気になるものがあった。”あの高校”での生活、”美凪”である事が許される場所……。しかし女史の忠告に従い私は何も訊かなかった。
「北斗七星の南西から黄道に沿い、しし座、おとめ座、てんびん座、さそり座、いて座……。
また、さそり座の一等星アンタレスは、その赤い姿から中国では火、大火、日本では酒酔い星、赤星、ローマではコル・スコピオ、さそりの心臓と呼ばれています……。そしていて座の北斗七星に似た部分は南斗六星と言われ、北斗七星が死を司るものと言われているのと対照的に、南斗六星は生を司るものと言われています……。更にはいて座からやや南東から北東にかけ、例の夏の大三角が広がっています……」
その後は美凪嬢から星座の位置を教えられ、星の大海に魅入っていた。無限に輝く星々のいくつかには線が引かれ、星座が構成されている。しかしそこそこの星の知識がない限り、どの星がどの星座を構成しているかはなかなか分からぬものだ。
美凪嬢に教えられるがままに星と星を星座を構成するようになぞり、私は星座を創った人々が星にどんな物語を込めて星座を創ったのかを想像しながら、星々の宴を心行くまで満喫した。
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(さて、まずは何処に旅立とうか……)
霧島廷に帰宅後、私は蒲団の上で明日以降のことを考えていた。この遠野に私の求めているものはなかった。ならば次は何処に向かえば良いのかと。
(これから夏だしな。暑さを多少でも和らげる為に、沿岸部でも向うか……)
そんな事を考えながら、私はふと立ち上がり何気なくトイレへ向い出した。
「ん……?」
トイレに向う途中、暗闇に包まれている家の中に一筋の明りが見え、私は惹かれるようにその明りの方へ向かって行った。
「ん、誰だ?」
「霧島女史。こんな夜分まで研究か」
「何だ鬼柳君か。まあ、そんな所だ」
光の先には机に幾つもの本やファイルを重ね、スタンドの電球のみを頼りに研究に励んでいる女史の姿があった。私の方を振り返った女史は夜分研究する関係か眼鏡を掛けており、普段より一層知的なイメージを与えさせた。
「まあ、正確には父の残した資料を解析しているという所だがな」
「父の残した……。やはり女史達の父は……」
そこまで言って私は言葉を飲み込んだ。そのことはこの家に来てから薄々気付いていた。今更口に出して女史の心を逆撫でする必要もないだろうと……。
「まあ、恐らく君の予想通りだろう。父はそこそこ名の知れた民俗学者で、とにかく真実を突き止める事に躍起になっていた人だった。例えば戦後は創作だというのが一般的になった神話も、その奥には必ず何かしらの真実がある筈だと神話の奥にあるものを追い求めていた……」
言葉を飲み込んだ私に対し、女史は自分の父親のことを話し出した。その喋っている女史の姿は、私がまだ見たことがない女史の姿だった。
「そしてその精神は私達の教育にも反映されていた。例えばこんな事があった。私がまだ小さかった頃、クリスマスにはサンタクロースが子供達にプレゼントを渡すというのを知りそれを父に話した時、父はサンタクロースは聖の所には来ないときっぱりと言った」
「何て現実主義的で夢のない父親だ……」
そんな親に育てられたのなら、酷く創造性や情緒性に欠ける官僚のような人間にしか育たない気がする。もっとも目の前にいる女史はそんな人間ではないが。
「ふふっ、そう思うだろう。だが一見子供の夢を壊したようでそうではなかった。無論その時私はそんなことないもんと抗議しながらも結局父に丸め込まれ、半泣きのまま眠りに就いた。そしたら翌日、枕元にプレゼントが置かれていた。
その時私は、やっぱりサンタクロースはいたんだと勝ち誇ったように父の元へプレゼントを見せびらかしに行った。そしたら父はこう言ったんだ。『サンタクロースがプレゼントを枕元に置いたのを自分の目で見たのかい?』と」
「どういう意味だ?」
「サンタクロースが渡したという確固たる証拠がない限り、サンタクロースがプレゼントを渡したとは限らないという意味だ。そして父は続けてこう言った。『聖自身がサンタクロースの姿を見たなら、父さんは聖の言うことを信じる』と……」
その話を聞いて私は随分と面白い父親だと思った。普通の親ならばサンタクロースは存在すると子供に言い聞かせるだろう。しかし冷静に考えれば、ソリが空を飛ぶや子供1人1人にプレゼントを渡すなど、サンタクロースにまつわる話はあまりに荒唐無稽でカルト的な要素を多分に含んでいる。その行為は子供に夢を与えているのではなく、子供が未成熟であることを見下し、虚実を信じ込ませているだけではないだろうか。
寧ろ女史の父親のようにサンタクロースは存在しないと言いつつもプレゼントを与え、自分自身の手でサンタクロースの存在の有無を分からせようとする方が、子供の自主性を重んじ、そして夢を与えている行為と言えるのではないだろうか。
「それからの私はクリスマスが訪れるのが本当に楽しみだった。いつか必ず父にサンタクロースの存在を証明して見せると。だがいつも途中で眠りに入ってしまい、朝になると枕元にプレゼントが置かれている日々が続くばかりだった……。
プレゼントを置く行為が父の行為であることが分かったのは、小学校の高学年になってからだった。その瞬間、私の仮説は音を立てて崩れたが、時間が経つに連れ、それは父がクリスマスを通して真実を追い求める楽しさを私に教えていてくれたのだと理解するようになって行った……」
父親との幼き頃の思い出を語る女史の姿は、まるで無邪気な子供だった。その父親との思い出が、女史の今の姿に繋がっているのだと私は思った。
「そんな父が消息を絶ったのは、嵐の激しい日だった。父がある調査に出掛けていた時、土砂崩れに巻き込まれ行方知れずになった……」
「行方知れず……」
てっきり私は女史の父親は故人なのだと思った。しかし行方知れずならば生きている可能性も完全には否定出来ない。が、その行方不明の期間が長ければ、それは故人であることとそう大差がない気がする。
「現場を調査したが父の遺体らしきものは見つからなかったという話だった。だが私は父が死んだとは思っていない。父の遺体をこの目で確認した訳ではないのだから……。この目で父の遺体を確認しない限り、私は父はまだ何処かで生きていて、いつか必ず帰って来ると信じ続けている……」
いつもなら、行方不明の者が生きていると信じているのは死を受け止められず現実逃避しているだけだと思う所である。しかし女史の場合は、父の死を受け止めない行為にある程度の説得力がある。父親の遺体を確認していないということは、サンタクロースの姿を確認していないのと同じことなのだから……。
研究に没頭する女史の背中を見送りながら、私は用を足し部屋へと戻った。女史が父親の遺した資料に目をやるのは、父親の背中を追う行為なのだろう。そしてその資料を追っている限り、例え父親の遺体が見つかっても、女史の中では父親は生き続けているのだろう。
自分のその目で確認しない限り、それが真実であるとは受け止められない。ならば私の旅もこの目で”翼を持ちし者”を確認しない限り、終わりを告げることはないのだと……。
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「あゆ〜、準備は出来たか〜?」
「うんバッチリだよ祐一君。私が代わりに運転して行きたい位だよ」
「それは止めてくれ……。それだと私の命がいくつあっても足りない……」
「大丈夫だよ。七年間意識を失っていた私の目を覚ました祐一君の”力”があればそう簡単には死なないよ」
「まあ、それもそうなんだけど……。しかし真琴に今日一日足止めしておけって行ったけど、急がないことにはな」
「うん。それにしても、ようやく見つかったんだね、柳也さんの血と力と想いを受け継ぐ人が……」
「ああ。だけどまだ完全な確証が掴めた訳じゃない。あの場所へ連れて来て柳也さんに逢わせない限りは……」
「そうだね。私達二人にとっても大切な、遥か遠き日の約束が交わされた、あの場所へ――」
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…第八話完
※後書き
今回はとにかくやりたい放題の回ですね。序盤の真琴のサービスシーンに聖闘士聖矢を中心とした星ネタのオンパレード。特に星の白金、世界発動後に真琴に言わせた「別に、ただやって見たかっただけよ」の台詞は、著者の本音だったりします(笑)。
またストーリー的には聖さんの過去話をしたりなど、それなりに充実したものであったと思います。ちなみに薄々気付いている方もいると思いますが、ヒロインというカテゴリで考えるならば、佳乃と聖さんの立場は原作と逆転しています。もっとも当初は原作通り佳乃メインで行こうと思っていたのですが、展開的に聖さんメインの方がいいと思い今のような形になりました。
そして最後に壱話以来久々に登場の祐一と、ついに登場した前作『みちのくKanon傳』のヒロインあゆ。ようやく物語が動き始めたという感じです。これからこの二人がどう物語に関わるのか楽しみにしていて下さい。
※平成17年2月5日、改訂 |
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